活動報告
報告日:2016-10-20
宮城県被災地支援視察
 
活動期間 2016年10月20日(木)〜2016年10月21日(金)
内   容
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眦腸馗垢茲蠍臆
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堤防等のかさ上げ工事
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大竹宮城労福協事務局長より説明
今年は熊本地震では大きな被害があったことは記憶に新しいところですが、岐阜労福協としては東日本震災を風化させないために、毎年東北3県(宮城・岩手・福島)を順次訪問し、復興状況を視察しております。震災から5年、東日本大震災の復興状況視察を目的に、2016年10月20日(木)〜21日(金)2日間、常任幹事13名で宮城県被災地視察訪問した。 
仙台駅から宮後交通のバスで、被災地の中で、被害の大きかった名取市閖上地区(ゆりあげ)に向かい、復興状況をバスの中から視察しました。
宮城県視察は2度目であり震災から5年経ち、さぞかし新しい街づくりがされているかと期待しましたが、視察した3年前と比べ、市街地および防波堤等のかさ上げ工事が行われているが、ほとんど復興までには至っていないことを実感した。
最初に訪れた閖上地区では、閖上中学校の震災で亡くなった14名慰霊碑があり、石に彫られた子供たちの名前が消えるくらい暖かく触れてほしいと、案内人から説明を受け、労福協として、眦腸馗垢ら顕花を手向け合唱した。
 また、慰霊碑を守る社務所(閖上の記憶)のかたが被災地体験を語り伝える「語り部の会」による実体験を語られ、生々しいお話により思わず涙が出そうになったのは、
参加された役員ほとんどだと思います。    
 次に閖上の記憶の隣にある、日和山を見学、かつて標高6mであったが、東日本震災の津波により神社ごと消滅したと思われたが、国土地理院により標高3mの日本で一番低い山と認定された。
 また、日和山に昭和8年3月に発生した昭和三陸地震津波を後世への警告と教訓として石碑が建立されおり今
回の地震で発見され、「地震がきたら高台へにげるべし」     
 の文字が書かれてあり、この石碑がみんなの目にとまっていたら、こんなに犠牲者が出なかったかも知れないと説明を受けた。
視察後、宮城労福協との懇談会を用意していただき、約1時間30分の被災状況および復興状況の説明を受け、質疑応答を行った。まず、小出宮城労福協会長(連合会長)から来訪のご挨拶を受け、つづいて高田岐阜労福協会長から受入れのお礼と宮城県訪問についての趣旨を挨拶された。
続いてチャリティー募金等で協力いただいた、義援金5万円を眦腸馗垢ら小出会長に贈呈した。      
ご挨拶後、大竹宮城労福協事務局長から「震災5年を経た被災地の現状と課題」について説明を受けた。
宮城県内で死者10,550人、行方不明者1,238人、全壊家屋82,999棟、被害総額9兆2300億円の甚大な被害に遭い、徐々に復興事業が行われているが、本来の復興には程遠い状況を話された。インフラ整備は鉄道の他は復旧したが、土木工事は復興途中、仮設住宅からの撤去が2018年までとなっており、移転先となる復興公営住宅の家賃が高く(家族収入20万円
で平均55000円)建設の遅れもあるとの事。
 また、被災者の心のケアが必要で、「孤独死・引きこもり・不登校(全国ワースト1位)」の支援強化が必要と訴えられた。復興住宅への入居希望者は高齢者が多く経済的に厳しい状況であり、孤立防止の観点から、仮設住宅等へ是非訪問して語らいを持ってほしいと言われた。
 また、課題として、人口減少・観光客等の減少・精神疾患対策等について取組む必要があり県への要望も行っているが予算的に難しい状況。 
 宮城県へ訪問して感じたことは、遠くの地では理解し難い状況が続いており、被災地へ訪れて肌で復興状況と課題を感じる必要があると思いました。
熊本地震での大きな被害も記憶に新しいところですが、東日本大震災を風化させてはならず、今後とも、物心両面の支援が必要と感じた。
          


添付資料
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